芭蕉 仙台へ

2021/5/4(火)

芭蕉は5月3日、伊達の大木戸を越え、伊達領に入る。

福島県伊達郡国見町大木戸




ここは、鎌倉軍を迎え撃つため平泉の藤原泰衡が設けた場所。

源頼朝が奥州藤原氏を攻めた折の激戦地です。


さらに芭蕉は、伊達家家臣 片倉小十郎の城下町白石に入り

ここに一泊する。


翌日5月4日、歌枕にもなっている「武隈の松」を訪れます。

宮城県岩沼市稲荷町



『桜より松は二木を三月越』


宮内卿 藤原元善の館の前に植えられた松が武隈の松

樹の根元が二股に分かれた「二木の松」として有名な歌枕

今も植え継がれて竹駒神社の西北に位置します。


竹駒神社は日本三大稲荷の1つとされています。

9世紀に小野篁が東北の鎮守として祀ったのが始まり。



ちなみに岩沼にある岩沼駅は東北本線と常磐線が合流する駅です。

岩沼駅は常磐線としての終点にあたります。


芭蕉は実際には雨と旅の疲れから訪れなかったのですが笠島

のことを詠っています。実際には行き過ぎてしまって行けなかった

ことが同行した曽良の日記には残っています。

宮城県名取市愛島塩手


笠島には平安中期の歌人である藤原実方の墓があります。

殿中で藤原行成と口論となり、これがもとで一条天皇より

「歌枕見て参れ」と言われ、陸奥守に左遷された方です。



笠島の藤原実方の墓には西行も訪れ、和歌を詠んでいます。


『朽ちもせぬその名ばかりをとどめ置きて

枯野の薄すすき形見にぞ見る』


新古今和歌集 793


実方中将は、不朽の名前だけを留め置いて、

陸奥の枯野に朽ち果ててしまった。

思い出のよすがに、すすきを見るばかりだ。


西行を追いかける芭蕉としては本来訪れたかったでしょうが

俳句だけは歌っています。


『笠島はいづこさ月のぬかり道』



芭蕉はさらに名取川を渡り、いよいよ伊達62万石の城下町

仙台に入ります。芭蕉は5月4日から7日まで滞在します。

奥の細道では、仙台に入った5月4日のことを

「あやめふく日也」と言っています。軒先に菖蒲を指す日ということです。

5月5日は端午の節句、菖蒲はつきものですね。


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