センス・オブ・ワンダー
2022/11/18(金)
センス・オブ・ワンダーとは
小さなことに驚くことのできる感性。
ノーベル賞科学者に共通するのは幼少期の濃密な自然生活体験
さくランドの活動は学力向上を目的とはしていません。しかし、幼少期の自然体験が脳の発達に好影響はあるようです。
幼少期に自然の中で培った感動や好奇心には、人間的な力を総合的に伸ばす、すぐれた効果があります。
先の見えない経済不安の中、自殺者はかつてない数にのぼり、しかも若年齢化いています。
寄る辺だった終身雇用、年金、医療といった保障制度すら盤石のものではなくなり、幸福の基準や働くことの意味あいそのものが、根底から問い直されはじめています。
そんな状況下においても、お受験という言葉に象徴される教育の方向は変わっていないように思えます。
人は何のために学ぶのか。
試験突破に特化した学習テクニックは大きく流れの変わった「生き方」という海を、若者たちが自分の力で航海するための羅針盤になりうるのか・・・・。
今こそセンス・オブ・ワンダーの意味を再検証する時期だと思います。
「自然に学べ」「好きなことを突き詰めてみる」
ノーベル賞科学者相次ぐ誕生には、センス・オブ・ワンダーが大きく関わっています。
2000年に化学賞を受賞した白川英樹さんは
ごはん炊きと風呂焚きが毎日の手伝いで「両方とも薪だったので、どのように火をおこして適度な強さに燃やすかを自然に体験し、さまざまな実験をした」と仰っています。
2008年に物理学賞を受賞した南部陽一郎さんは
「高校性のころ、九頭竜川で泳いだ。(中略)小さい時の経験が大事。小学生時代に鉱石ラジオを作り、野球中継を聞いて感激した。自分の手でやってみることは大事だ」
化学賞を受賞した下村脩さんは
「テレビなんか見るよりは、自然を見て学べ。自然にもっと興味を持て」
物理学賞を受賞した益川敏英さんは
「自分の好きなことをとことん突き詰めてみることだ」
物理学賞を受賞した小林誠さんは
「自分で新しいことを発見することの楽しさを味わって」
幼少期のセンス・オブ・ワンダーが、現在への導きになっていると、彼らは自己分析しています。
日本環境教育フォーラム理事長の岡島成行さんは
「異年齢交流」と「野生力の涵養」こそ、野あそびにおける最大の子癒育効果ではないかと語っています。
「昔はガキ大将が小さな子供たちを引き連れ、木登りや虫取り、魚釣りなどを伝授していったものです。そういう体験をした子供が、みんな学力優秀になったわけではないけれど、自主性と創造力を養うという意味で、あの異年齢集団には大切な役割があったと思います。
学校と別の集団の中でさまざまな技術を伝承し、たわいのないことを面白がったり、やみくもに挑戦する。あるいは生き物の躍動に触れる興奮を分かち合う。自然の中では瞬時に対応を迫られることも多く、しかも計算外のことばかり起こるから、知恵の鍛錬の連続です。つまり見えない学力がつく。学びの秘訣が分かった子は大学に進むとものすごく伸びる。その好例がノーベル賞学者でしょう。
とはいえ、今の子どもたちには、野生力を高める環境がない。
それを代行しているのが自然体験の提供だと考えています。
多様な体験を通じ、脳を刺激すれば学力は伸びる
百ます計算学習で知られる、陰山秀男さんは
「乳幼児期は生物学的な成長が大きな時期です。なかでも著しい発達を見せるのが脳です。脳は抽斗(ひきだし)のような静的な存在とイメージしていて、どのようなデータをどこにどう詰め込めば賢くなると考えがち。しかし、大事なことは、貯めた情報をうまく出し入れしながら、脳自身を活性化させることなんです。
計算力さえ優れていればいいというわけではありません。理想は、子どもたちの脳の成長期に、多様な体験を通じてさまざまな刺激を与え続けることなのです。
自然の中で遊んだり五感を使う生活体験は、多様な刺激を与える機会として重要な役割を担っていると、断言されています。
わかりやすい例は感覚の認知。
いくら机の上で距離の単位や計算方法を覚えても、距離という概念自体が身体感覚として備わらなければ、単に計算技術を覚えたのに過ぎない。地球1周4万kmも、基本の1kmが自分の目や足で分かってこそ想像できるのである。
子どもたちに言い続けているのは、人間って体全部で勉強するんだよ、ということです。
脳はあくまでもその調整回路で、脳だけをよくしようと思っても、それは真の勉強にはならないのです。
低学力は思い込みである。というのも陰山さんの持論である。
陰山さんの教え子で東京大学に入学をした女生徒は、親から小学校の高学年になるまで勉強をしなさいといわれたことはなく、塾へも1度も通っていない。母親は休日に一緒に野山を走り、花を見つけては図鑑で調べたり、感想を述べ合う時間を大切にしていた。
夕日を見れば誰でもきれいだと思う。でも、思うだけでは感動は共有されない。詩で表現する、絵に描くそうすることで、はじめて思いが人に伝わる。共感と理解への努力が学びの基本。
チンパンジー社会に学ぶ自然体験の重要性と意味
人間は脳の発達によって、文明という生存支援を作り出しながら、動物界では類を見ない繁栄を遂げた。だが、そのシステムはまだ完璧ではなく社会問題というエラーを抱えている。
たとえば教育や子育ての方法を巡る課題や悩み。脳の活性が生み出した複雑な文明と社会構造に、自分たちが追いつけなくなっている。
人類の進化の隣人と呼ばれている、チンパンジー社会の場合、教育はどうなっているのか。
京都大学霊長類研究所所長、松沢哲郎さんは
「チンパンジーは、小さなうちからコンピューターを教えれば、漢字や数字を認識できる知性を持っている。でも、その能力の本来の役目は、森の中で食べ物を探し、それを効率よく利用したり、群れという関係性を良好に維持するためのもの。人間も同じ。10本の指は棒や石をなどを複雑に操るためのもので、キーボードを早く叩くためのものではありません。人間とは教育とは、ということを考えるとき、私たちはまず、存在の本質を思い出す必要があります」
チンパンジーは生まれた子はずっと母親に密着し、母親がすることを見ながらさまざまことを覚えていきます。どの植物が食べられるか。石を使って堅い木の実を割る方法。細い棒でアリを釣って食べること。母親は手本を示すだけで『こうしなさい』と手を添えたりはしません。
こうした知恵は、親子を主軸とした縦の流れと周囲の大人たちという斜めの関係、そして子供同士という横の集団と結びあって、コミュニテー全体の文化として伝えられている」
一定年齢までに身につけないと手遅れな学びもある。松沢さんは学習の臨界期と呼んでいます。
1歳の時から一緒に過ごしてきたチンパンジーはパソコンは扱えるが、石を使って木の実を割ることができません。石を使い木の実を割ることを覚える時期にコンピューターの勉強をしていました。
センス・オブ・ワンダーには、大人になってからでも触れることができる。だが、できれば感受性の豊かな幼少期に出会う方が、人間本来のバランスが取れた能力を引き出してくれる可能性がある。
頭が良くなる、ということは取りも直さず人間ひとりひとりが持つ総合的な能力を開花させること。さまざま学問的見地からみても、この結論は揺るぎのないことでしょう。