バブル期には多数の人が⁉本牧中心部の今(横浜市本牧原)を行く⁉
2025/5/25(日)
横浜市 本牧エリア・・・。
横浜市の中区(中心部)にあり、戦国時代には後北条氏の水軍が置かれていた場所でもある。
そして時代は変わり、第二次世界大戦以前には、景勝地として(近くには観光名所の三渓園)賑わっていた。
戦後はアメリカ軍の住宅街になったが、1982年に返還。
その後は、バブル景気も重なり、まっさらの広い土地は、住宅地(戸建て住宅、公団住宅、マンション)、ショッピングセンター(マイカル本牧)、飲食店、公園などになった。
バブル期(1989年、マイカル本牧が誕生した年)には、観光客も訪れる盛況で、ディズニーストア第1号店が開店し、映画館には撮影に使われたバットマン・カーの実物が展示されたとの事。更にこの年の来場者数は1500万人(横浜博覧会も開催)と言う化物的⁉な数字を叩き出したのである。
その頃の本牧(中心部は中区本牧原)はアーバンリゾートをコンセプトに、ホテルやお化け屋敷など何でもあり⁉的な、凄い街に変貌していたらしい。
本牧の天下は続くのか⁉と思われたが、鉄道駅がなく、更にバブル崩壊、そしてみなとみらい地区が盛況した事により、衰退の一途を辿る事になった。
最近のSNSには、本牧=廃墟と言う、心無い意見も飛び交う中、実際、現在の本牧エリア中心部 本牧原はどうなっているか⁉と思い足を運んでみたわけだが・・・。
現在のマイカル本牧跡地には、イオン本牧店があり沢山のバスが通っている。最寄りの鉄道駅はないものの、石川町駅、横浜駅、根岸駅、桜木町駅方面のバスの本数も多く、そんなに不便な場所ではない。
確かに、全盛期に比べ、お店やアミューズメント施設は縮小したが、街並みは落ち着いた雰囲気になっていて、何処となく上品な感じがするのである。
寧ろ、今の雰囲気が好きな人も多くいるのではないかと思ったのである。
人の行き来も多く、活気もそれなりにあったのだが、皆さんも本牧に行く機会があれば、是非とも感想を・・・。
最後に・・・本牧は死んでいない、寧ろ、これからだ・・・。
本牧エリアの象徴、「旧マイカル本牧・・・現在はイオン本牧」はバブル景気の時代(1989年頃)に、映画館やホテルを備えた大ショッピングセンターとして華々しく開業した。観光客も訪れる盛況で、ディズニーストア第1号店が開店し、映画館には撮影に使われたバットマン・カーの実物が展示された。
本牧原は本牧内の商業施設の中心にある町で、中高層の分譲マンションの中でも高級なものが建っている。
バブル期の象徴、ゴージャスな噴水。夜にはライトアップも⁉
ゴージャスな建物下には自転車の群れが・・・。
バブル期のお洒落さが漂う・・・。
バブル崩壊後は多くのお店が撤退していったとの事。
本牧5番街。所々にバブリーな跡が・・・・⁉
今見ても、とてもお洒落です。