「関東動乱シリーズ」は、鎌倉幕府滅亡後、関東で起きた色々な歴史を追いかけて楽しむシリーズです✨
(このシリーズは単発でも、たまにのご参加でも楽しんでいただける内容になってます)
鎌倉幕府滅亡後も鎌倉には「鎌倉府」という室町幕府の出先機関が置かれ、関東の将軍「鎌倉公方」と、それを補佐する「関東管領」のもと、政治が行われました。
しかし!
旧体制を支持する勢力のクーデター、鎌倉公方と関東管領の確執、関東の諸勢力のせめぎあい、これらに加えて、室町幕府と鎌倉府の様々な政治的状況などから、鎌倉幕府滅亡以降、関東では約300年間にわたって戦いが繰り広げられます💨
鎌倉公方、関東管領、古河公方、山内上杉、犬懸上杉、扇谷上杉、長尾景春、太田道灌…etc
さらには、各地の大名や国衆が入り混ざって、ややこしくも面白すぎる歴史が展開します。
関東にはワクワクドキドキする歴史が埋もれています。
そんな「関東動乱」をテーマに、あちこちに出陣して楽しみたいと思います。
城、街道、海、河川、寺、神社などから、その地域ごとに眠っている歴史を体感しましょう✨
一歩歩けば、必ずワクワクする歴史にぶつかります。
優しくわかりやすく、ナビゲートします♡
歴史がいまいち分からなくても大丈夫♡
いざ、出陣!
今回は、伝堀越公方御所&修善寺城へ。
修善寺城は、畠山国清の城で、南北朝時代の戦乱の舞台になりました。
歩きながら、歴史を紐解きましょう。
伝堀越御所では、堀越公方の歴史を見て歩きます。
堀越公方とはどんな存在なのでしょうか?
1454年、鎌倉公方が関東管領を殺したことによって、享徳の乱が幕を開けます。
そして、鎌倉公方は古河へ移り、「古河公方」と呼ばれる存在に。
このとき、室町幕府が古河公方に対抗するため、鎌倉公方として鎌倉に送ったのが足利政知です。
政知は対抗勢力に阻まれ、伊豆に足止めされたため、伊豆国堀越に御所を築き、「堀越公方」になりました。
このように、関東動乱期において、伊豆堀越が政治的中心地のひとつになったのです。
しかしこの御所も、政知の死後、1493年に伊勢宗瑞(北条早雲)によって滅ぼされてしまいます。
ややこしくも面白い歴史を楽しみながら歩きましょう~♡
【コース】
韮山駅→守山→堀越公方御所跡→北条政子の産湯井戸など→お弁当→韮山駅(電車移動)修善寺駅→修善寺城→指月殿など修善寺の歴史散策→バスにて修善寺駅へ
※状況に応じて、順番の前後や、多少のコース変更がある場合があります。
※韮山駅から修善寺駅は電車移動(各自負担)