粘土版に書かれた世界最古の物語

2025/8/10(日)

ハンコの起源となっている筒形の円筒印章。シリンダー型の側面に彫られた絵図は粘土板にコロコロと転がすことで、印章がくっきり表れます。円筒印章が誕生した古代メソポタミアでは、都市国家を築いたシュメール人によるシュメール文化が栄え、人類最古の文字『楔形文字』が誕生しました。そして、古代アッシリア帝国の都市にあった図書館跡地で発見された大量の粘土板を解読していくと・・・


円筒印章

出典:By Nic McPhee from Morris, Minnesota, USA - British Museum with Cory and Mary, 6 Sep 2007 - 185, CC BY-SA 2.0,



粘土板に書かれた楔形文字

出典:Envato


若き考古学者の大発見

1872年、イギリスの考古学者ジョージ・スミスは、アッシリア帝国時代の図書館跡から発見された粘土板(当時、大英博物館に保管されていた)の解読に成功しました。そこには旧約聖書にも出てくる『ノアの方舟』とよく似た大洪水の物語が書かれていました。大洪水の話は、紀元前2600年頃、ウルクの都市に実在したギルガメシュ王を主人公にした長編物語の一部に出てきます。粘土板が発見されるまでの欧州では、聖書が世界最古の物語だと信じられていたのですから、その発見がどれだけ世間を驚かせたか想像に難くないですね。


生と死、そして永遠の命

英雄が仲間と出会い旅や冒険に出て、過去の自分、喪失、試練を乗り越え一皮も二皮も剥け成長して帰還する長編物語には必ずと言っていいほど、生と死、そして永遠の命や若さというテーマが浮上します。

ギルガメッシュ叙事詩はその中でも世界最古。ここから、人間にとっての普遍の真理を描く行為は始まったんですね。


半神半人の王、ギルガメシュ

ギルガメシュは三分の一が人間、三分の二は神でできている、ウルクの国王。横暴な振る舞いの王であったがため、ウルクの民衆は苦しんでいました。その様子を見ていた神々たちはギルガメシュを諌めるため、粘土でエンキドゥという野人を創り人間界へ送り込みました。二人は激しい決闘の末、親友となりました。

それからしばらく経った頃、女神イシュタルはギルガメシュ王に近づき誘惑します。しかし、ギルガメシュはイシュタルを拒み、それに怒った女神はギルガメシュを倒すため、神の世界から天の牛を送り込みました。(なんとも自分勝手な女神ですね・・・本当に神なのかと疑ってしまうところです)

しかし、ギルガメシュは倒されるどころかエンキドゥと共に戦い、天の牛を殺してしまいました。神々の動物であった天の牛を殺したことは重罪にあたり、エンキドゥは病床につき死んでしまいます。ギルガメシュは親友の死を嘆き、いつかは自分にも死はやってくると死を恐れるようになりました。そんな時、不死身のウトナピシュティムという男の話を耳にし、不死を求める旅に出ます。

過酷な旅を続ける途中、酒屋の女主人に「永遠の命を求めることは無駄だから、今ある生を楽しみなさい」と諭されますが、ギルガメシュは諦めません。そして遂に、ウトナピシュティムに会うことができ彼の不死にまつわる話を聞くことができました。それが大洪水の話だったのです。


ライオンを押さえつけて胸に抱くギルガメシュ王

出典:Musée du Louvre


大洪水物語

大昔、人間の身勝手な振る舞いに怒った神々は人間を滅ぼそうと大洪水を起こす計画を立てました。その中、人間を哀れんだ神エアはウトナピシュティムに方舟を作り、家族や動物を乗せるように命じました。そして洪水が起きた7日間を生き抜いたウトナピシュティムは不死の身となっていたのです。


若返りの草と大蛇

大洪水の話を聞いたギルガメシュにウトナピシュティムは試練を出しました。大洪水が続いた7日間、眠ることなく過ごせたら不死の薬を持った人物を紹介すると。しかし、ギルガメシュは長旅の疲れが出たのか、寝落ちどころか爆睡してしまいました。

試練に失敗し、すっかり落胆したギルガメシュを哀れに思ったウトナピシュティムは、若返りの草がある場所を教えます。ギルガメシュは若返りの草を見つけ、喜んで帰路についたのですが、ウルクへ戻る途中の泉で水浴びをしているとそこに大蛇が現れ、若返りの草は食べられてしまいました。それは一瞬の隙をつかれた出来事だったのです。


今を生きる

不死の薬も若返りの草も何も手に入れられなかったギルガメシュ王は、今ある命を精一杯生きようと決め、故郷ウルクへ帰還するのでした。

めでたし、めでたし。終しまい。

人間の生には限りがある。永遠の命や永遠の若さに取り憑かれていないで、今を精一杯生きよというメッセージを受け取る物語でした。

さて、ここで問題です。この叙事詩は誰が何の目的で書いたのでしょう?


答えは特定の個人が書いたものではなく、数百年、一千年と長い年月に渡り語り継がれた歴史や神話を、複数の作者が書き残したもの、それがギルガメシュ叙事詩となったようです。


手塚治虫が描きたかった、梅原猛作のギルガメシュ

漫画家、手塚治虫さんが漫画にしたかったと言われている梅原猛氏作の戯曲、ギルガメシュ。梅原猛さんは日本の哲学者。その彼が戯曲にアレンジしたギルガメシュ王は、普遍のテーマをより現代に生きる人々に届くように書かれています。

暑すぎて外出したくない夏休みに、一度読んでみてはいかがでしょう。太陽の神、ウトゥが毎日規則正しく人間のもとを訪れる理由が書いてあります。近年のこの暑さは、もしかするとギルガメシュ王を誘惑した女神イナンナがウトゥの心に火をつけたのかもしれませんね(笑)。





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